その先に滝が見えた。
左右は灌木や松が点在する崖で囲まれている。
その下の大きな滝壺は龍神池と呼ばれている。
池の前にはいくつかの大きな岩がつき出ていた。
そのひとつに姫を降ろし、横たわらせる。市女笠は、先ほどの草むらに置いてきた。
袿の血のにじみが広がったようにも見える。
下の小袖は、さらに濡れているだろう。
姫は、岩の上に横たわったまま、震えていた。
獲物の最後を何度も見てきたイダテンの目には危険な兆候に思えた。
急がねばならない。
懐から紐を通した花緑青色の勾玉を引き出し、首からはずす。
結局、これに頼ることになった。
その勾玉を突き上げ、池に向かって大声で呼びかけた。
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「龍よ! 龍神池に棲む龍よ、阿岐国の龍神よ! おるなら、その姿を見せよ。わが名はイダテン! シバの息子じゃ。十余年前にシバとかわした約定を憶えておるか」
雲が流れ、月の光が足元を照らす。
と、滝が巻き起こす風に吹かれ、ゆるやかに波打っていたすすきや枯草も、ぴたりと動きを止めた。
星さえも瞬きを止めた。
いつの間にか音も消え、しんと静まり返ったものの、何事も起こらない。
あきらめかけたその時、池の中心から、ごぼごぼと大きな泡が湧きだした。
水面が大きく盛り上がり、ゆっくりと姿を現した巨大な影が、イダテンと姫の前にそそり立ち、月を覆い隠した。
天辺から滝のように水が流れ落ちた。
水に濡れた鱗が月の光を跳ね返し、水しぶきは水晶のように輝いた。
池は津波のように荒れ狂い、水が岸辺に打ち寄せる。
イダテンとささらが姫もしぶきをあびた。
一滴一滴が石つぶてのように打ちつけてくる。
水は痛いほどに冷え切っていた。
濡れた髭を震わせ、龍神が不機嫌そうにゆっくりと口を開いた。
「おまえか、わしの眠りをさまたげる者は」
地の底から聞こえてくるような腹に響く声だ。イダテンは龍神を見上げ、挑むように口にした。
「父より譲り受けた願いの玉を持ってきた。取引がしたい」
龍神は、赤銅色の目を光らせ、射抜くような視線を送ってきた。
「大きな声で名乗らぬとて、その姿を見れば、おまえが誰かぐらいはわかる」
そして続けた。
「が、よもや、おまえがここに来るとはのう」
予期などできまい。
イダテン自身、思いもしなかったのだ。
三郎やミコに逢わなければ、足を運ぶことさえなかっただろう。
「この勾玉を使いたい」
イダテンは右手で勾玉をかかげて見せた。
「で、なにが望みだ」
憐れむような目に変わった。
「何でも叶えてくれるのか?」
「それは礼にやったものだ。シバは失せものを探すのが得意でな……叶えられるのは、たったひとつ。失った力を取り戻す、ただ、それだけだ」
龍神は、一息置いて続けた。
「手ひどい傷を負っておるようだが、命を救うことはできぬ……」
その言葉に落胆した。
だが、望みはある。
「それなら……」
と、言いかけたイダテンを龍神が制した。
「最後まで聞け。その勾玉は、わしを呼び出すための道具にすぎぬ。願いを叶えてほしければ、代わりに命をひとつ差し出さねばならん……その覚悟のないものに、その勾玉を持つ資格はない」
龍神は、性根を試すかのようにイダテンを睥睨してきた。
答えは決まっている。「それは、おばばから聞いた。命との引き換えを一日だけ待ってくれるということも」
「ならば話は早い……その人間の命でよいのだな?」
何を言われているのかわからなかった。
龍神の目は、横たわる、ささらが姫に注がれていた。
姫は、その気配を感じたように閉じていた目を開き、青白い顔をわずかにイダテンのほうに向け口を開いた。
だが、その声はあまりにも力がなく、イダテンの言葉にかき消された。
「おれだ!」
膨れ上がった怒りを抑えることができなかった。
龍神をにらみつけた。
「鬼の命では不足だというか?」
龍神は、あきれたように訊いてきた。
「人間のために命を捧げようと言うのか?」
「捧げるのではない。使うのじゃ」
「おなじことよ」
「ならば龍神……なぜ、おれはここにおる? 生まれてきたは何のためじゃ?」
「わしを相手に、禅問答を始めるつもりか?」
「答えよ龍神」
怒らせてよい相手ではない。
わかってはいるが言葉が口をついて出た。
「もはや、おまえには守るべきものなどないと思っていたが」
龍神は、髭を震わせた。
「つまらぬ世なら、自らの手で変えたらどうじゃ。手始めに隣国の夜盗、山賊あたりを従えれば面白くなろう」
その目が光ったように見えた。
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