
そう言ってお菜津は、細く開いていた寝所の襖を、姫が通れるくらいに大きく開き直した。
濃姫は怪訝そうにしながらも、取り敢えず白い夜着の上に打掛だけ羽織ると、
お菜津から渡された手燭を持って、そこから数室離れた御居間へと足を進めた。
姫が居間の前にやって来ると、入口の襖は左右とも乱暴に開けられており、https://www.easycorp.com.hk/zh/virtual-office
入側には、破かれた“書状と思わしき”紙の切れ端が何枚も落ちていた。
濃姫は居間の中へ点々と続くその切れ端を、片手で拾い集めながら、そろりと室内に入っていった。
手燭の灯りが、ぼんやりと居間の中を照らす。
部屋の下座には信長の物と思わしき、毛皮の羽織りや革の手袋、太刀などが畳の上に投げ捨てられていたが、
太刀の刃はぼろぼろに傷付き、枯れた笹の葉や木屑などが無数にくっついていた。
まるで今の今まで、森の草木を一心不乱に斬り倒していたかのようである。
「……殿?」
濃姫が手燭を更に奥、上座の方に向けると、ようやく信長の姿が現れた。
信長は上座の畳の上に大の字になって寝転がり、目蓋を重たげに伏せている。
寝息のような規則正しい呼吸を繰り返していたが、ようく見ると、
その双眼は線のように細く開かれており、茫然と天を眺めていた。
確かにこれでは、お菜津が寝ていると判断しても仕方がない。
そんな夫の身体は、冬だというのに汗でぐっしょり濡れ、手足を泥で汚していた。
濃姫は軽く嘆息すると
「今宵はまた、随分とお早いお帰りにございますな」
信長の側に歩み寄りながら、皮肉混じりに告げた。
「寝転がられた音だったのですね、先程のは。急に大きな物音が致しました故、何事かと思い驚き入りました」
濃姫はそう言って微笑(わら)ったが、単に寝転がった訳ではない事くらい理解していた。
倒れたのだ。それこそ畳の上に頽れるようにして。
それほど今の彼は疲労し、ひどく傷心しているのだという事は、訊かずとも分かった。
濃姫はそのまま夫の傍らに座したが、信長はチラとも妻の方を見ようとはしなかった。
だが、姫本人はそれでも一向に構わなかった。
信長の口さえちゃんと動いてくれれば。
何しろ今の自分には訊きたい事、言いたい事が山程あるのだ。
「世間では、夫君に彼是と伺う奥方は不作法者と謗(そし)られまするが、今更あなた様の前で、
慎み深い妻を演じても致し方のなきこと。──故に、あえてお伺いします」
濃姫は両の手をつかえると
「殿。まことに恐縮ではございますが…平手殿の件、如何でございましたか?」
と、思い切って訊ねてみた。
「平手殿逝去の話は伝われども、それ以上の詳しい報が何も届きませぬ故、ずっと心配していたのですよ」
「……」
「私には関係のない事だとお思いやも知れませぬが、私にとっても平手殿は縁浅からぬお方。
あのお方が美濃と尾張の同盟に尽力して下されたおかげで、私は今こうして、殿に寄り添っていられるのですから」
語りながら、濃姫は政秀との思い出を振り返った。
あくまでも織田家の正室と傅役という関係であったが、信長を敬い、彼の未知なる可能性を信じる気持ちは同じだったであろう。
今思えば、自分が信長に興味を示す切っ掛けとなったのも、『殿のお味方に』という政秀の懇願があった故かもしれない。
「深くは訊きませぬ。──なれどせめて、何が起こっていたかだけでも、お伺いしとうございます」
濃姫は静かに、だが訴えかけるような口調で告げた。
しかし信長は何も答えない。
姫の言葉をちゃんと聞いているのかどうかさえ分からぬ程に、いつまでも不動と沈黙を保ってる。
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