「……分かった帰ろう。おうのさん,何かあれば必ず報せてくれ。」
入江の沈んだ声に,おうのは必ずと何度も頷いた。その姿に少し表情を緩ませて,呆然としたままの山縣の肩を叩いて帰ろうと声をかけた。
山縣も高杉ぐらい血の気の引いた青い顔でゆらゆら立ち上がった。
「しっかり……。」 【植髮前後大不同?】談植髮成功率與植髮心得 -
三津は山縣に寄り添ってそっと体を支えた。その反対側からは入江が支えた。
「晋作,また来るけぇな。」
全くこちらを見ない高杉にそう声をかけて,三人は名残惜しくも家を出た。三人を見送る為,おうのが一緒に表に出た。「黙っててごめんなさい……。皆さんにはお伝えすべきやって思ってたんですけど……。」
ごめんなさいごめんなさいと頭を下げるおうのを見て,三津と入江は顔を見合わせた。
「おうのさん,ええそっちゃ。晋作に口止めされちょったんやろう?そりゃあ仕方ない。おうのさんは悪くない。
それより晋作の面倒見てくれてありがとう。」
入江の優しい言葉におうのはまたぼろぼろ涙を溢して何度も頭を下げた。
「見送りはいいけぇ晋作の傍に居ちゃり。」
そう言って入江はおうのを家の中に戻らせた。少しでも長くおうのが高杉の側に居られるようにと思った。
それから三人は重い足取りで屯所に戻った。
高杉の病状はセツには伝えたが,高杉の思いと隊士が混乱しないよう考慮して他者には伏せた。
ただ桂の耳に入れない訳にはいかない。
桂と伊藤が戻ってから,誰にも聞かれないように配慮して夜中に話す場を設けた。
「そうか……。分かった,今は外には伏せておくのがいいだろう。私も一度会って話そう。」
桂も伊藤も衝撃を受けたが,高杉の状態を目にしていないから半信半疑だ。
三人の落ち込みようと,特に山縣の覇気のなさがそれが事実なのを物語っていると感じた。
「高杉が……病なんて有り得んやろ……。」
ずっと黙りこくっていた山縣がぼそりと呟いた。
「そうだな……。あいつが床に臥せてるなど想像つかんからな。」
桂の頭の中にはとことん突っ走り,誰の手にも負えない高杉の溌剌とした姿が浮かんでいた。
「でもあいつ血ぃ吐いちょったんです。前より痩せちょったんです。俺の知っとる高杉やなくなっとったんです。」
山縣は声を震わせた。信じたくない,嘘であって欲しいと思いながらも,この目で見た現実を受け入れられなくて,山縣はまだ混乱の中に居た。
「おうのさんには私達の事も頼るようにと伝えてあります。なので私達はその時出来る事をするしか……。」
三津ももどかしかった。もっと出来る事があるのではと思うが,踏み込めない壁を作られてしまってるのも感じた。
「そうだね。みんな今日はもう休もうか。山縣君眠れるかい?」
桂は心配そうに山縣の目を見た。
「そりゃ眠くなりゃ寝れます。」
いつもの山縣らしい回答に,入江も三津もふっと笑った。
「なんや,寝られんのなら添い寝しちゃろって思ったのに。」
「入江の添い寝なんか要らんわ。嫁ちゃんなら喜んで寝られんって嘘つくわ。」
入江の申し出を瞬殺した。少しずつ山縣らしさが出て来て三津は安堵した。だが,それも今だけなのは分かっている。山縣の冗談を冗談だと思わない男が眉間に深いシワを刻んだ。
「誰が妻を添い寝に差し出すか。九一で我慢しろ。」
「木戸さん,嫁ちゃんは木戸さんの嫁ちゃん以前にみんなの嫁ちゃんやけぇ木戸さんに決める権利ない。」
「訳の分からん理屈を並べるな。」
山縣が余りにも真面目で真剣に訴えてくるから,桂の眉間のシワはより深くなった。
「何で分からんそ?嫁ちゃんは木戸さんと結婚する前から入江の嫁ちゃんでみんなの嫁ちゃんなんやって。」
そう言えばここに来たばかりの時はそれで通っていたなと,入江と三津はその時を思い出して微笑みあった。
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