
「何で入江さんと離れてこっち来たんよ。」
そのまま長府で一緒にいた方が良かったろと言われ三津は何て返そうか目を泳がせた。
「高杉さんがお三津ちゃんに子供産めって迫るけ文ちゃんが引き取ったそ。」
『うわぁ……これ高杉さんへの仕返し含んでるな……。』動態紋消除
本人の知らないところでとんでもないデマが流されている。いや,子供産めと迫られたのは間違いないから事実と言えば事実か。
「あの人相変わらずなんやな。三津さんも苦労絶えんのやな。慣れるまで苦労すると思うけど頑張り。」
一之助から励ましの言葉をかけられて一瞬目を丸くした三津だったがすぐに頭を下げた。
三津がしずの店で働き出したのはすぐに町中の噂になった。京言葉を喋る娘が働いてると客が集まり見世物状態だった。
「ほら怯えちょる。真面目に働いてくれとるんやけぇ冷やかすだけなら帰りや。」
そこは一之助が上手く見物人や面白半分に三津に近付く連中をあしらった。
「おうおう一之助が世話焼いちょる珍しい。」
客に冷やかされて一之助は顔を真っ赤にして目を釣り上げた。
「この子は杉さんとこの文ちゃんから預かっとる子なそ。京のお屋敷で女中しよる頃から久坂さんも妹みたいに可愛がっちょった子やけぇ何かしたら承知せんけぇ。」
しずが一之助と客の間に入って忠告した。客達は怖い怖いと笑って絡むのを止めた。
「一之助,すぐカッとなるところいい加減直し。」
「はい……。」
三津はしずに叱られてしまった一之助の袖をくいくい引っ張った。何?と不機嫌そうに振り向かれて少し怖かったが,
「助けてくれてありがとうございます。」
みんなに聞こえない小声でこっそりお礼を伝えた。
一之助はふいっと顔を背けて三津から離れたがその耳は真っ赤だった。
この日は見物人が多く押し寄せて普段なら暇な時刻でも店は賑わい,暖簾を下げる時には三津は気力を使い果たしていた。
多分この見世物はしばらく続くんだろうなと覚悟した。「よう頑張ったねぇ。」
主人の次郎がありがとねと三津を労った。
「でもしずさんと一之助さんに助けられてばっかりやったんで……。」
申し訳ないですと眉尻を下げるからとんでもないとしずは首を横に振った。
「初日やけどようやってくれたっちゃ。これ持って帰って文ちゃんと食べり。いい子紹介してもらえて良かったわ。」
しずは残り物の煮物を土産に持たせてくれた。
「そしたら三津さん帰ろうか。」
一之助が襷掛けを外しながら自然に口にするもんだから“はい!”と答えた。だがすぐに正気に戻って考え直す。
「えっいや一人で帰れますよ?近いですし。」
「もう外暗いけ一人はいけん。」
この時桂の言う事を聞かずに一人で飛び出し土方に襲われたあの日を思い出した。
「すみません……よろしくお願いします……。」
同じ失敗は繰り返すべらかず。お疲れなのにすみませんすみませんと謝りながら一之助の少し後ろを歩いた。
「今日で分かったと思うけど余所から来た人間がみんな珍しいそ。それにこの辺はみんな顔見知りやけぇ三津さんが余所者ってすぐ分かる。悪さする人間がおらんとも限らん。」
『余所者……。』
冷たく聞こえるが一之助の言う事に間違いはない。
「やけんしばらくは帰りは送るけぇ一人で帰っちゃいけん。あと別に嫌やとか面倒やとは思っちょらんけぇ謝るな。」
「はい,ありがとうございます。」
一之助がいい人で良かったと三津は心から思った。
家の前まで送ってもらいありがとうございましたと深々と頭を下げた。
「おう,また明日。」
一之助はそれだけでまた来た道を戻って行った。その背中が見えなくなってから三津は家に入った。
「お帰りー。大変やったやろ?可愛い子が働いとるって噂になっちょる。」
「可愛い?余所者が珍しいだけですって。これしずさんから食べりって。」
近期熱門活動... |