『出来れば新選組の者だとは知られたくなかったんですがね。』
とりあえず土方と三津たちとの関係性は理解出来たが,ふと疑問が浮かぶ。
では何故今更ここに現れたのだ?
土方と言う男が,名も告げずに去った人の元へわざわざ出向くだろうか。
今更お礼をしてもらおうだなんて思うだろうか。
『私を尾行した先が偶然この甘味屋だったとか?肺癌第四期治療︰標靶藥、化療、輔助治療
それなら場所を把握した時点で見つからないように引き返すはず…。』
それに自分を尾行する必要がまず無いじゃないか。
『だとすれば土方さんの目的って…。』
総司の甘味に伸ばす手が宙に浮いたまま固まった。自分はこんなに汗っかきだったかなと思うほど総司の全身から嫌な汗が噴き出した。
自分の予想が間違っていなければ,恐らく土方の目的は三津だ。
きっと連れて帰るつもりに違いない。
そうでなければ土方がこんなに愛想が良い訳ない。
確実に何かしら利益になるものがあるはずだ。
横目で土方を見れば気持ち悪いほどににこやかだ。
『お礼がしたいって思う気持ちを利用するなんて言語道断!
三津さんを連れて帰るなんて断固阻止!』
総司はここは先手を打つべしと宙をさ迷っていた手を団子の串に落ち着かせてから口を開いた。
「土方さん,まさかとは思いますけどお礼として三津さんにうちで働いてもらおうなんて馬鹿な事は考えてませんよね?」
少年のような無邪気な笑顔で小首を傾げ,どことなく“馬鹿”を強調してみた。
土方の口元が引きつり愛想笑いする目の奥には殺意に似た感情が宿ったのは言うまでもない。
総司の言葉に一瞬口を噤んだ土方だが,すぐに片口を上げた。
「なるほど,そんなお礼の受け方もあるんだな。どうだ?お三津,新選組で働かねぇか?俺の為に。」
土方は総司の発言を逆手に取り,あっさりと三津を勧誘した。
『馬鹿は私だ…。先手のはずが…。』
作戦が裏目に出てしまい頭を抱えてうなだれる総司。
その様子を勝ち誇った顔で見下す土方。
そして三津の反応を窺えば目をぱちくりとさせ,功助とトキに意見を求めていた。
「みっ…壬生狼なんかにみっちゃんやれるかっ!」
話しを聞いていた客の一人が声を荒げながら机を叩いて立ち上がった。
「そうや!なんぼええ事したかて人斬りは人斬りやないか!」
騒ぎ立てる客たちを功助とトキがまぁまぁとなだめる。
そんな事は言われ慣れてる土方と総司は大して動揺もしないし傷つく事だってない。
至って冷静に構えていると,
「もぉ静かにして!みんな煩い!
お礼するのは私!壬生狼やろうが何やろうが良くしてくれた人にはありがとう言うでしょ!?」
三津の怒鳴り声が響いて店内は静まり返った。
初めて聞いた怒鳴り声に誰もが唖然とした。
流石に功助とトキも豆鉄砲を食った。
「どうやってお礼するか決めるのも私!
私間違ってないもん。」
三津は両手を腰に当てて胸を張った。
『言ってくれるじゃねぇか。』
土方は面白くなってきたと悠長に構えて三津を眺めた。勢い良く立ち上がったお客たちも三津の迫力に,よろよろと腰を下ろした。
勇ましく仁王立ちする姿を総司もぽかんと見つめていた。
三津は自分たちを軽蔑しなかった。
それだけの事に胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
三津には嫌われたく無いと素直に思った。
『やっぱり三津さんにはここに居てもらわないと。』
変わらずここに居て,みんなにとって自分にとっての拠り所であって欲しい。「あの私が言うのもなんですが,皆さんの言う通り私たちは人斬りです。
土方さんへの感謝の思いも分かりますが,うちで働くのは賛成出来ません。」
近期熱門活動...
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