「こちらは、黒田先生に会いにいった際にあずかりました。明朝はやく、薩摩藩のが横浜に向けて出港します。傷病兵を運ぶのです。それに乗船できるよう、手はずを整えてくれています」
俊春は、いったん床の上に風呂敷包みを置いた。
その床も、植髮心得 ところどころ崩れかかっていたりおおきな穴が開いている。
かれは、風呂敷包みの結び目をほどいた。
そこにあらわれたのは、薩摩藩を示す腕章がほどこされている軍服である。
江戸から会津へ向かう際も、この軍服を借りて着用したことがあった。
「これを着用し、まぎれこみましょう」
「おまえら……」
副長は、床にひろげられた薩摩藩の軍服から俊春にを向けた。
恐れ入った。
俊冬と俊春は完璧すぎる。
みんなも同様に、感心しているようである。
「恐れ入ったよ」
「いえ、副長。黒田先生、いいえ、先生のご配慮です。必要があれば全力で援助するよう、指示があったそうです」
なんてことだ。
敵の最重要人物であるが、おれたちを助けるよう手配をしてくれていたのである。
江戸で世話になったばかりか、ここまで尽力してくれるとは。
副長も返す言葉がないようである。
「そうか、西郷さんが……。ははっ!味方に殺されかけた、否、殺されたおれに手を差し伸べてくれるのが、敵の最重要人物とはな」
しばらくすると、副長はそういってから苦笑した。
その通りである。
西郷ら薩摩藩の一部の人物たちには、ずいぶんと世話になった。その上、また面倒と迷惑をかけることになる。
「くそっ、ありがたすぎるぜ」
副長がつぶやいた。
心の中を、いろんな想いが錯綜しているににちがいない。
「こうなれば、なにがなんでも生き残らねばな。よし。横浜にいったら、そこから丹波にいくか」
「副長……。グッドアイデアです」
ついうれしくなってしまった。
副長はもう大丈夫だろう。
死ぬことよりも生きることを選んでくれた。
俊冬は、副長のをも救ってくれたのだ。
沢と久吉もいっしょにいくことになった。かれらは横浜から日野に、つまり副長の実のお姉さんのところへいく。
副長の遺品である「兼定」と、ムダにカッコつけた例の写真を届けるためである。
市村と田村も同道する。こちらは、当然のことである。
田村は兎も角、もしかすると、これで市村のはやすぎる死を回避できるかもしれない。
「わたしもいこうかな。どうせ死んだことになっていて、居場所がなくなったこだし」
「それならば、わたしも付き合わせてください。勇さんと別れるのはつらいですが、生きてさえいればまた再会できますからね。それに、すでに別れもすませていますし」
と別れるのがつらいといっているのだ。
それは兎も角、二人とも大歓迎である。
「案じているしね」
を向けてきた。
「ありがとうございます。心配してもらえてうれしいです」
なんてこった。伊庭がおれのことを心配してくれている。
めっちゃうれしくなり、思わずウキウキ状態になって……。
「主計、きみじゃない。わたしは、きみのうしろにいる俊春のことを案じているのだ」
あっ……。
おれのまうしろに、なにげに俊春がいる。
ちっ、なんだよ。俊春め、伊庭に心配してもらって……。うらやましすぎてムカついてしまう。
「うおっ」
その瞬間、俊春に膝カックンされてしまい、ガクンと膝が折れそうになってしまった。
またしてもみんなが笑いはじめる。
「島田、登、雅次郎に俊太郎に立川、おまえらはどうする?」
島田と中島、尾形と尾関と立川は、副長に尋ねられたことについてしばらくの間かんがえていた。
「ついていきたいところですが、わたしたちがいけば、敵は兎も角味方は不審に思うでしょう。敵に捕まったとて、死ぬわけではありません。八郎君の申す通り、おたがいに生きてさえすればいくらでも再会できます」
島田が代表して答えると、あとの三人がおおきくうなずき同意した。
「そうか。きくだけムダだと思うが、才助、おまえは?」
「ああ、副長。きくだけムダだ。だれかさんのことより、愛しのお馬さんたちの方が大切だからな」
「やはり、な」
安富らしい。
思わず笑ってしまった。
「ノンノン、だれかお忘れではないですか?」
そのとき、なにゆえか腰をフリフリ自己主張をはじめた馬鹿が一人いる。
「なんだ、利三郎。いたのか?おまえはすでに死んでいる。死人のいる場所は決まっている。問うまでもなかろう」
そして、辛辣にやり返す副長がさすがである。
「だったら、副長も同様です。死人どうし、これからオナシャス」
野村は、ネット用語を使ってからぺこりと頭を下げた。
「利三郎。おまえの居場所は現代だ。ゆえに、現代にかえれるべきだよ」
「そうだよね。きみは、ぼくらよりよほど現代人だ」
思わず、俊春と二人でツッコんでしまった。
その伊庭が、こちらに
蟻通と伊庭である。伊庭は、元の上司である
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