近藤局長は、ぶっとくて重い木刀を日々振っていた。そんな膂力のある近藤局長が、示現流の初太刀をなにより警戒していたのだ。
示現流や薬丸自顕流では、「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」という一撃必殺の精神を重んじている。
つまり、最初の一撃で敵を倒せ。激光生髮 二太刀目はないんだぞっていうわけだ。
はやい話が、そんなすごい一撃を受けるか避けるか悩むだけムダってことだろう。
よしっ・・・・・・。
腹をくくった。木刀を太刀のように軍服のズボンのベルトにはさむ。
愛用の「之定」は、島田にあずけている。
左の掌は鍔止めあたりに軽くあて、右掌を柄の中ごろにちかいところに添える。
海江田のが細められた。
きっと、「おや?」ってなっているんだろう。
背後にいる副長たちは、どう思っているだろう。残念ながら、おれにはそれをよむことはできない。いや、ヨユーがない。
海江田の木刀が、ゆっくり夜空へと上がってゆく。
息をゆっくり吸い、ゆっくり吐きだす。こうすることによって、気分がすこしは落ち着く。そうすると、相対する海江田だけではなく、周囲もよくみえてくる。それだけではない。なんとなくだが、海江田の息遣いを感じ、の動きもみえるような気がする。
なんかいつもとはちがう気がする。ただの気のせいかもしれない。いいようにかんがえすぎているのかもしれない。
しかし、なんかやれそうな気がする。
すくなくとも、伊庭の道場で伊庭と立ち合ったときよりかはずっと「おれ、イケてるんじゃね?」感がぱねぇ。
わずかに腰を落とし、脚は肩幅に。わずかに右に開ける。
準備は完了である。
とんぼの取りに対すると、否が応でも圧が半端なくかかってくる。それなくともこの時代の男性の平均身長より高い海江田が、『NBA』の選手のようにでっかく感じられる。
気迫に呑まれるな。竹刀を構えている相手は天才でも麒麟児でもない。そもそもそういうやつは、漫画の世界にしかいない。だれもがおまえとおんなじように練習し、努力している。気迫に呑まれるのではなく、呑んでやれ。
小学校のとき、試合のまえに親父がよくそうアドバイスをくれた。
小学校のときは、これでも全国大会出場の常連だった。まぁ、天狗になっていたんだろう。ゆえに、親父のアドバイスをききはしたが、大丈夫だとタカをくくっていた。
正直、試合の相手を怖れていたわけじゃない。親父が約束通り、ちゃんと応援にきてくれるのかどうか、そっちのほうが不安で、意識が向いていた。
結局、親父が応援にきてくれたのは、たった一度きりだった。しかも遅れてきて、おれの準決勝だけみて現場に戻ってしまった。
アドバイスより、試合をみてほしい。
おれは、いつも心のなかで親父にいっていた。
その親父のアドバイスは、年齢を重ね、おおくの剣道選手と出会ってやっと実感できるようになった。さらに身に染みたのが、いや、身に染みているのが、だからこそ、親父のあのアドバイスがめっちゃ役立ってる感がある。
もっとも、いかしきれていないところが情けないが。 その海江田の
だが、今夜はちがう。気迫に呑まれることなく、海江田のをみすえつつも、その周囲もみている。が、ほんのわずか動いた。気のせいではない。たしかに動いた。同時に、右脚にも動きがあった。こちらももちろん、気のせいではない。かれの脚の筋肉が震える程度のかすかではあるが、たしかに右脚が動いた。
くる・・・・・・。
って思った瞬間、いや、刹那である。海江田の初太刀が迫ってきた。神速なんてもんじゃない。超神速ってやつだ。
が、ミラクルとしかいいようがないが、その斬撃がみえた。ってか、単純な上段からの振り下ろし以外ありえないってことがわかっている。
すでに体が反応している。つまり、腰のベルトから木刀を抜き放っている。
「カツンッ!」
木刀どうしがぶつかり合う小気味よい音が響いたときには、おれは腰をさらに落として両膝を深く曲げている。
自然、居合抜きした木刀も深く沈み込むわけで・・・・・・。
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